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種 別 提言活動
タイトル メッセージ「政治改革10年によせて〜政治改革から政権公約へ」
発表日 2004/01/29
発表元 新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)
内 容           
   新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)
          メッセージ「政治改革10年によせて〜政治改革から政権公約へ」
            
       
  
                                平成16年1月29日
 平成元年に始動した政治改革の動きはその後さまざまな紆余曲折を経て、今から十年前の1月29日未明の細川首相と河野自民党総裁との合意によってその法制化が
成就することになった。その内容についてここで立ち入るつもりはないが、政治改革の実現の動きが圧倒的な地位を占めてきた自民党の大分裂と政権交代を生み出した
ことは、恐らく関係者たちの予想を越える出来事であったに違いない。
 政治改革の動きは「政治とカネ」の問題の改革を出発点に置きつつも、むしろ、冷戦後の日本の政治的・経済的環境の変化を想定し、これまでの政党政治ではもはや
そうした環境の変化に耐え得ないこと、特に、これまでの官主導体制は行き詰まり、政治のリーダーシップの確立が不可欠であるという現状認識に立脚していた。そし
て官主導から政治主導へと全体の仕組みを切り替えるためには腐敗の防止策を講ずると共に、国民の政策選択・政権選択へのより明確な意思表示が必要であるという立
場をとっていた。 
 国民の政策選択・政権選択の受け手であると共に、政治主導の担い手として期待されたのが、政党であった。政党本位(その反対概念は個人本位や派閥本位)という
言葉にはこうした期待と願望が込められていた。十年前の政治改革は、その意味で政党改革と政党への期待に基づく改革であり、議会政治の活性化を政党活動の充実に
よって実現しようとするものであった。ところが、問題解決の切り札とされた政党は、それ自身がしばしば問題になったのである。
 政治改革は政党が主役となって日本の構造改革に取り組むことを期待したが、「弱い首相」と政治のリーダーシップの欠如は「政党の失敗」を印象付け、この期待か
ら大きく遊離する結果となった。さながら中央政府の機能縮小に併せるかのように政党の国民的基盤は強化されるどころか弱体化し、政党の存在感はむしろ希薄化の道
を辿ったのであった。官僚制の衰弱と政党のそれとは連携して進むようにさえ見えたのである。
 政党の存在感の希薄化と反比例する形で政治の舞台に登場してきたのは知事に代表される政治家たちであった。彼らは政党政治の体質である集団性から自由であり、
自らの明確な政策メッセージを伝え、不透明で不明瞭な既成政治(政党政治と官僚制)の犠牲において政治的認知を急速に獲得した。ここにはデマゴーグの要素やポピ
ュリストの要素など、さまざまの問題が伏在している。しかし、中央政治が離合集散と旧態依然の中で時間を空費している間に無党派層は急増し、政治文化は急速に変
化を遂げた。つまり、「不透明で不明瞭な権力のあり方」は今や最もマイナスのものと見なされるようになったのである。 
 この流れを中央政治はどのように受け止めたのか。不透明や不明瞭な姿を強く拒否する政治文化の動向は、例えば、従来その典型とされてきた派閥の衰弱にはっきり
と見られる。党員の投票においても従来のような派閥の締め付けは効果がなくなりつつある。公式的ルールを非公式の権力やルールによって捻じ曲げることへの世論の
批判はますます厳しくなっている。議会政治を首相主導体制へと読み替え、与党による事前審査制などの手続きを見直そうといった試みもこれと同じ傾向の現われであ
る。自民党の中で「首相独裁」といった批判的な意見が出るようになったことは、ようやく統治主体としての政党のあり方が真剣な議論の対象になったことを裏書して
いる。小泉内閣はこうした政治文化の変化と見合った政権であった。「目に見えない首相」の時代ははっきりと終わったのである。
 昨年の総選挙における政権公約の登場は、先に述べたような政治文化の変化に対応しようという試みの現われであった。政党は今やどのような存在であるのか、甚だ
見え難い存在になっている。膨大な数に上る無党派層の存在を前にして今や過去の体験や評価は有効性を失ってしまった。離合集散を繰り返した野党勢力が何を考えて
いるのか、簡単に分かるわけがない。また、自民党が構造改革にどう取り組もうとしているのか、甚だ分かり難い。個々の政治家たちの理念や思いはともかくとして、
政党という集団が政権を担当した時に何をどのようにするか、そのための政策的文書をコストとスケジュールとともに示したもの、これが政権公約であった。
 その意味で政権公約は政党という集団の決断文書であるとともに、自らのアイデンティティの証しである。ある政党がどのような政党であるかはこの文書を通して明
らかになるのであって、それ以外の情報は基本的に私事である。国民が政党のことをあれこれと想像を逞しくする労力を払う必要なしに、その本質を捉え、評価するこ
とが政権公約によって一気に可能になる。
政権公約は政党を無理やり透明性のあるものにする媒体であり、それによって政党は政治文化の変化の中で通用可能な存在になることができる。同時にそれは、自らの
アイデンティティを明らかにすることを通して、長い間課題とされてきた政党の改革を行う手がかりとしても働くことになる。
 政党を政治家たちの「持ち物」と見なしていたところに、これまでの政党問題の最大の隘路があった。これに対して政権公約は、政党を政権運営のための「国民の道
具」であると割り切る立場に立つことによって、政党内部の諸問題の解決に新たな展望を与えようとするものである。先の総選挙で与野党が従来の選挙公約より一歩進
んだ形で、評価を覚悟して政権公約を国民に提示したのは一つの前進であり、小泉、菅の両党首は総選挙においてこの舞台作りに貢献したのである。
 政権公約の提示そのものを疑問視したり、その公表配布に消極的な意見も依然として散見される。しかし、こうした議論はさながら十年前を思い起こさせるものであ
り、十年前の政治改革から何も学ばない態度というべきである。むしろ、現在の公職選挙法の見直しを行い、政権公約についての議論を更に充実させ、その質を向上さ
せていくことこそが、政治改革10年の経験を踏まえたわれわれの課題である。
添付ファイル 政治改革10年にあたってのメッセージ.pdf

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